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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)4号 判決

東京都中央区日本橋1丁目13番1号

原告

ティーディーケイ株式会社

同代表者代表取締役

佐藤博

同訴訟代理人弁護士

中村稔

熊倉禎男

富岡英次

辻居幸一

宮垣聡

同弁理士

宍戸嘉一

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

松野高尚

岡田孝博

及川泰嘉

小池隆

主文

特許庁が平成3年審判第10206号事件について

平成6年10月28日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年7月19日、名称を「ディスクカートリッジ」とする考案(以下「本願考案」という。)について実用新案登録出願(昭和59年実用新案登録願第109494号)をしたが、平成3年3月29日拒絶査定を受けたので、同年5月23日審判を請求した(平成3年審判第10206号)。

本願考案は、平成4年3月19日出願公告(平成4年実用新案出願公告第11261号)されたが、登録異議の申立てがあり、原告は、平成5年1月18日に本願明細書の実用新案登録請求の範囲及び考案の詳細な説明について補正(以下「本件補正」という。)をしたところ、特許庁は、平成6年10月28日、本件補正を却下する旨の決定(以下「本件補正却下決定」という。)をするとともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年12月12日原告に送達された。

2  本願考案の実用新案登録請求の範囲

(1)  本件補正前の実用新案登録請求の範囲

〈1〉 ハードケース内に、ハブを有する磁気ディスクを回転可能に収容したディスクカートリッジにおいて、ドライブのハブ回転支持体と当接する上記ハブ当接面側を、ハブ周縁部より駆動ピンを挿通するハブ中心穴に向かって上に凸にへこませたことを特徴とするディスクカートリッジ。(別紙図面1第1図、第5図参照)

〈2〉 前記ハブ周縁部からハブ中心穴周縁のへこみ量を0.02mm~0.3mmとしたことを特徴とする実用新案登録請求の範囲第1項記載のディスクカートリッジ。

(2)  本件補正明細書記載の実用新案登録請求の範囲

ハードケース内に、ハブを有する磁気ディスクカートリッジにおいて、ドライブのハブ回転支持体と当接する上記ハブ当接面側を、ハブ周縁部より駆動ピンを挿通するハブ中心穴に向かって上に凸にへこませ、前記ハブ周縁部からハブ中心穴周縁のへこみ量を0.02mm~0.3mmとしたことを特徴とするディスクカートリッジ。

3  審決の理由の要点

(1)  本願考案の要旨は前項(1)〈1〉記載のとおりである。

(2)  本願の出願の日前の他の出願であって、その出願後に出願公開された実願昭59-58339号(実開昭60-169759号公報参照)の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「先願明細書」という)には、磁気ディスク装置の回転機構が開示されている。

これを詳細にみると、「本考案に係わる回転台は、その外周側部分のみでハブに接触する。このため、例えばハブの中央部分が一方の側に突出するように変形した平坦性の悪いハブを回転台で吸着しても、この突出した部分に回転台が接触しない。そして、ハブの外周側部分が回転台によって吸着される。この結果、平坦性の悪いハブであっても比較的安定的に吸着保持される。また、ディスクに外力が作用しても、ハブの支持点から外力作用点までの距離が短くなるので、モーメントが小になる。従って、ディスクの回転の安定性が高くなる。」(先願明細書7頁3~13行)、「本実施例ではデイスク支持台(12)の外周端の環状突起(12b)の頂面がハブ(2b)に接するように構成され、逆に中央の突起(12a)がハブ(2b)に接しないように構成されている。」(同8頁5~8行)、「第7図及び第8図のようにハブ(2b)が例え、湾曲していても、比較的安定した状態に支持することが出来る。」(同8頁13~15行)、「上述から明らかな如く、本考案ではハブの内周部に回転台が接触せず、ハブの外周部にのみ回転台を接触させるので、スピンドル挿入孔及び駆動ピン挿入孔を有するために平坦性の悪いハブであっても比較的安定的に保持することができる。また、ディスクに対して外力が作用した時の安定性も向上する。」(同11頁2~8行)、と記載されている。

また、第7図には、ハブの中央部分が上側に突出するように変形した平坦性の悪いハブが示されている。(別紙図面2参照)

(3)〈1〉  本願考案と先願明細書に記載された考案とを対比すると、前者の「ハードケース」、「ハブ」、「磁気ディスク」及び「ハブ中心穴」は、後者の「ケース」、「ハブ」、「記録媒体ディスク」及び「スピンドル挿入孔」にそれぞれ相当することは、それらの構造、機能をみれば明らかである。

〈2〉  そして、前者の「ハブ中心穴に向かって上に凸にへこませた」という構成と後者の「ハブの中央部分が上側に突出するように変形した」という構成は、単に言葉上の表現が異なるだけで、ハブの同じ形状を意味しているとするのが相当である。

してみると、本願考案と先願明細書に記載されたディスクカートリッジとは、その構成においてことごとく一致しており、実質的に同一であるといわざるをえない。

(4)  したがって、本願考案は先願明細書に記載された考案と同一であり、しかも、本願考案の考案者が先願明細書に記載された考案の考案者と同一であるとも、また、本願の出願の時に、その出願人が前記他の出願の出願人と同一であるとも認められないので、本願考案は実用新案法3条の2第1項の規定により、実用新案登録を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)は争う。同(2)、(3)〈1〉は認める。同(3)〈2〉は争う。同(4)のうち、本願考案は先願明細書に記載された考案と同一であって、実用新案法3条の2第1項の規定により、実用新案登録を受けることができないとの点は争い、その余は認める。

本件補正却下決定は違法であって、この決定を前提とする審決の本願考案の要旨の認定は誤りであり、仮に、本願考案の要旨の認定に誤りがないとしても、本願考案は先願明細書に記載の考案と同一であるとした審決の判断は誤りである。

(1)  本件補正却下決定の違法と本願考案の要旨認定の誤り(取消事由1)

〈1〉 本件補正は出願公告後の補正であって、その内容は、実用新案登録請求の範囲を「ハードケース内に、ハブを有する磁気ディスクカートリッジにおいて、ドライブのハブ回転支持体と当接する上記ハブ当接面側を、ハブ周縁部より駆動ピンを挿通するハブ中心穴に向かって上に凸にへこませ、前記ハブ周縁部からハブ中心穴周縁のへこみ量を0.02~0.3mmとしたことを特徴とするディスクカートリッジ。」と補正すると共に、出願公告された明細書の考案の詳細な説明の欄の第1表及び第6図を補正して試験データを追加し、効果として「へこみ量1が+0.01mm以下になるとモジュレーションmは増大し、かつS-0面とS-1面とのバラツキも大きくなり、回転安定性が劣るが、+0.02mm以上ではモジュレーションmは小さくなり、かつ両者間のバラツキも小さくなり、回転安定性が良好である。」を追加するものである。

これに対し、本件補正却下決定は、「出願公告された明細書又は図面には、・・・数値範囲である0.02mm~0.3mmの上限値0.3mmについての技術的意義が記載されているだけで、下限値である0.02mmについての技術的意義は何ら記載されておらず、示唆もない。また、第1表及び第6図には、前記へこみ量1の0.0mmと0.05mmについてモジュレーションmの試験データが示されているが、これらの中間値に対するモジュレーションmの試験データは具体的に何ら示されていない。とすれば、へこみ量1の下限値0.02mmの技術的意義、すなわち、臨界的意義を追加する前記手続補正の内容は、全く新たな事項を追加するものであるといわざるをえない。したがって、本件補正は、実用新案法55条で準用する特許法64条1項ただし書に規定する事項のいずれにも該当しないものであるから、実用新案法41条で準用する特許法159条1項で更に準用する同法54条1項の規定により却下すべきものである。」(甲第2号証3頁2行ないし4頁14行)としたものである。

〈2〉 しかし、本願考案の対象の新規性は、数値限定の点のみに存するのではなく、ハブの形態自体に存するものであるから、本件補正により追加したへこみ量の下限である0.02mmについての技術的意義の開示はそもそも要求されない。したがって、本件補正により追加された下限を限定した理由や、その技術的意義が公告時の明細書に何ら記載されていないとしても、公告時の明細書におけるかかる記載の不存在が、本件補正を単なる実用新案登録請求の範囲の減縮ではないとする根拠とはならない。

また、0.02mmの下限値についての技術的意義が公告時の明細書に開示されていなければならないとしても、以下述べるとおり、その開示がなされていたものである。

すなわち、本願考案が、ハブの回転安定性を高めるために新規な形態を採用したものであることは、公告時の明細書に明記されていたし(甲第3号証3欄33行ないし38行)、また、回転安定性がよいということを技術的観点よりみれば、モジュレーションm(%)の値が小さいことであることも公告時の明細書に詳細に記載されていた(同号証5欄17行ないし37行)。そして、出願公告時の明細書には、へこみ量につき「0.02mm~0.3mmの範囲が適切である」と好適な数値範囲が記載されていた(同号証5欄11行、12行)のであるから、公告時の明細書は、へこみ量の下限値0.02mmの技術的意義を十分に開示していたものである。

ちなみに、本件補正により追加した第1表及び第6図は、上記数値限定についての試験データではあるが、すでに公告時において適切なへこみ量を0.02mmから0.3mmと開示しているのであるから、当業者は上記数値の技術的意義を十分に認識し得るものであり、試験データはこの点を確認したにすぎない。

そして、本件補正は、出願公告時の実用新案登録請求の範囲の第1項の記載を、かかる好適なへこみ量に限定する減縮を行ったにすぎない。

したがって、本件補正は、実用新案法55条で準用する特許法64条1項ただし書1号に該当するものであるから、本件補正却下決定は違法であり、この決定を前提とする審決の本願考案の要旨の認定は誤りである。

(2)  本願考案は先願明細書に記載の考案と同一であるとした判断の誤り(取消事由2)

〈1〉 高速で回転する磁気ディスク(フロッピーディスク等)をハードケース内に収容した磁気ディスク・カートリッジにおいては、フロッピーデイスクドライブ回転装置での操作中に回転支持体上のディスクが安定して支持される必要がある。この安定的な支持のためには、当然ディスクの中央部に設けたハブが正しく平坦に製造されればよいのであるが、プレス加工等による製造技術上の限界から、すべてのハブを正しく平坦に製造することが難しい。この問題は、ハブ中央の駆動ピン用の孔とその近傍の位置決め孔とを設け、また、ハブ中央に凹部を設け、周縁部に鍔部を設けるという加工のために主として生ずるものである。

本願考案も先願明細書記載の考案(以下「先願考案」という。)も上記の安定的支持を解決すべき技術的課題としている点は同じである。

〈2〉 ところが、先願考案は、ハブの構成ないし設計を変更・改良するのではなく、フロッピーディスクドライブ装置の回転台側の設計を変更することにより、上記技術的課題の解決を提案したものである。すなわち、先願明細書(甲第4号証)には、「従来の回転台(16)は次の如き欠点も有する。即ち、ハブ(2b)の中心近傍を突起(12a)で支持するので、例えば、第5図に示す如く、ディスク(2a)の半径方向の任意点Pにディスクライナーやケース又はヘッド等で外力が作用した時に、ディスク支持点から外力作用点Pまでの距離L1が長くなり、結局、ディスク(2)が受けるモーメントが大になる。従って、ディスク(2)の安定的な回転駆動が阻害されるおそれがあった。そこで、本考案の目的は、上述の如き問題を解決することが可能なディスク回転機構を提供することにある。

問題点を解決するための手段

上記目的を達成するための本考案は、回転台の主面の内周側部分をハブに接触させず、回転台の主面の駆動ピンよりも外周側の部分のみをハブに接触させるように構成したことを特徴とする磁気ディスク装置の回転機構に係わるものである。」(5頁末行ないし7頁1行)と記載されている。

上記のように、先願考案では、「回転台の主面の内周側部分をハブに接触させず、回転台の主面の駆動ピン(位置決めピン)よりも外周側の部分のみをハブに接触させるようにした」もので、甲第4号証第1図に記載されているように、具体的には、回転支持台の外周部に「環状突起12a」を設けることにより解決したものである。

したがって、先願明細書には、ハブの形状ないし構成を変更することにより上記技術的課題を解決する技術的思想は一切開示されていない。審決が引用している甲第4号証の第7図は、単に平坦性の悪い例として記載されているにすぎない(甲第4号証5頁3行ないし14行)。

また、甲第4号証8頁13行ないし末行に「第7図及び第8図のようにハブ(2b)が例え湾曲していても、比較的安定した状態に支持することができる」と記載しており、「ハブが湾曲しても使用できるが、依然として湾曲しないことが望ましい」ことを示唆していることに変わりがない。

〈3〉 一方、本願考案は、平坦なものとして設計しても現実は中心穴に向かって下に凸として製造されがちなハブ自体の設計を変更することにより、上記技術的課題を解決することを提案したものである。すなわち、本願考案は、ハブを平坦にしようとする設計上の常識を捨て、「ハブ中心穴に向かって上に凸にへこませる」構成を採用することを提案したものであり、回転装置側の支持体の形状を変更することを提案した先願考案とは全く異なる技術思想による解決手段であることは明白である。

〈4〉 したがって、作用効果も明らかに異なる。本願考案では、困難なフロッピーディスクドライブ装置側の回転支持体の設計変更を行う必要性がなく、従来の構成のハブの製造に際して、実用新案登録請求の範囲に記載したとおりの構成で中心穴に向かって上に凸にプレス加工し、従来の回転支持体の外縁近くでハブが接触することにより達成されるものである。

これに対し、先願考案では、回転支持体とハブが、位置決めピンより内側では接触せず、位置決めピンより外周部、すなわち、拡大して作った回転支持体の外縁部に設けた突起と接触するという作用により安定的支持の効果が達成されるものである。

〈5〉 以上のとおり、本願考案と先願考案はいずれも、フロッピーディスクの安定的支持という共通の技術的課題に取り組んだものではあっても、その解決手段及び作用効果は全く異なるものであるから、先願明細書中に「望ましくない例」として示されたハブの形状の一つをもって、本願考案と同一であるということは許されない。

本願考案が先願考案と同一であるというためには、「技術思想」としての開示が必要であるが、上述のとおり、単に先願明細書に記載の解決手段の構成とは関係のない、「ハブ」側の、しかも望ましくない構成としてたまたま記載されている第7図を、本願考案に係る技術思想の開示と認定することは誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う(但し、(1)〈1〉は認める。)。本件補正却下決定及び審決の判断はいずれも正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

本件補正は、〈1〉実用新案登録請求の範囲において、「ハードケース内に、ハブを有する磁気ディスクを回転可能に収容したディスクカートリッジ」を「ハードケース内に、ハブを有する磁気ディスクカートリッジ」と、〈2〉「凸にへこませた」を「凸にへこませ、前記ハブ周縁部からハブ中心穴周縁のへこみ量を0.02~0.3mmとした」とすると共に、〈3〉考案の詳細な説明の欄にへこみ量を0.02mm以上とすることによる技術的意義を追加したものである。

そして、補正事項〈1〉に注目すると、該補正事項は、「磁気ディスクがハブを有する」及び「磁気ディスクを回転可能に収容した」という構成を削除するものであるが、削除した構成が周知あるいは自明であるとしても、このような補正が、明瞭でない記載の釈明、あるいは、実用新案登録請求の範囲の減縮を目的とするものでないことは明らかである。また、補正事項〈2〉及び〈3〉に注目すると、補正前の公告された明細書には、へこみ量を0.02mm以上としたことの技術的意義が認められず、また、同第6図をみても0.02mm以上としたことの技術的意義を読み取ることはできない。

したがって、本件補正は、補正前の公告された明細書及び図面に記載のない、へこみ量を0.02mm以上としたことの技術的意義を新たに追加したことになり、実用新案登録請求の範囲においてへこみ量を0.02mm以上とした点は、確かに形式的には実用新案登録請求の範囲の減縮ではあるが、実用新案法55条で準用する特許法64条2項で準用する同法126条2項に規定するところの実質的な実用新案登録請求の範囲の減縮には当たらない。

以上のとおりであるから、本件補正が新たな技術的意義を追加するものであるとした本件補正却下決定に誤りはない。

(2)  取消事由2について

〈1〉 本願考案の技術的範囲は、実用新案登録請求の範囲の記載に基づいて定める必要があるが、実用新案登録請求の範囲には、ハブの形状について、ドライブ装置のハブ回転支持体と当接するハブ当接面側を、ハブ周縁部より駆動ピンを挿入するハブ中心穴に向かって上に凸にへこませたと記載されているのみである。そして、このハブの形状は、先願明細書(甲第4号証)の第7図に記載されたハブの形状そのものである。よって、上記第7図に記載のハブは、本願考案のハブと同一である。

更に付け加えれば、本願考案は、安定性を良くするために上部に湾曲したハブを新たに考案したものではなく、先願明細書に開示された下部に湾曲したハブに比し、先願明細書に開示された上部に湾曲したハブの方が安定性が良いとの事実を単に確認したにすぎないものである。

したがって、本願考案のハブが先願明細書に開示された上部に湾曲したハブと同じであるとした審決の判断に誤りはない。

〈2〉 原告が主張する、「本願考案は、ハブを平坦にしようとする設計上の常識を捨て、「ハブ中心穴に向かって上に凸にへこませる」構成を採用することを提案した」、「本願考案では、・・・従来の構成のハブの製造に際して、・・・中心穴に向かって上に凸にプレス加工し」との技術思想は、製法製造上の技術思想であって、「物」であるディスクカートリッジそのものを対象とする技術思想ではないばかりでなく、甲第3号証(本願公告公報)には、ディスクカートリッジの製法製造過程について言及した記載もないし、これを示唆する記載もない。

してみると、「本願考案は、平坦なものとして設計しても現実は中心穴に向かって下に凸として製造されがちなハブ自体の設計を変更することにより、上記技術的課題を解決することを提案したものである。」旨の原告の主張は、公告明細書の記載に基づかないもので失当である。

確かに、甲第4号証の第7図は、望ましいハブの形状を示したものではないし、意図的に上に凸にへこませ製造したハブではないが、「上に凸にへこんでいる」ハブそのものの存在を認識し、それを示していることは明らかである。つまり、先願考案は、第7図に示した「上に凸にへこんでいる」ハブであっても、比較的安定した状態に支持することができる磁気ディスク装置の回転機構に関するものであって、第7図のハブの存在を前提とした考案であり、第7図のハブの存在を否定するものではない。そして、前述したように、本願考案は、「物」であるディスクカートリッジそのものを、特に、フロッピーディスクのハブの形状を対象としているから、本願考案と先願考案とを比較する際には、どのように製造されたとか、どのような意図で製造されたとかなどを考慮する必要がなく、ハブの形状のみを比較すれば十分である。

第4  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願考案の実用新案登録請求の範囲)及び3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

2  取消事由1について

(1)  請求の原因4(1)〈1〉(本件補正及び本件補正却下決定の内容)は、当事者間に争いがない。

(2)  本願の公告明細書(甲第3号証)には、へこみ量の技術的意義について、「上述した、ハブ50の当接面側周縁部58からハブ中心穴周縁60のへこみ量1は、実施に当たり適宜選択し得るが、0.02mm~0.3mmの範囲が適切である。0.3mmより大きくすると、ハブ50の当接面とハブ回転支持体36の接触面とが作る角度が大きくなり過ぎ、それだけ相互の摩擦力も増加し、駆動力を大きくする必要性が生じると共に、安定度も劣るようになる。」(5欄9行ないし16行)、「なお、へこみ量1は+0.4mmになると、ハブの当接面とその回転支持体との接触が不安定となり、測定が不可能となった。」(同欄30行ないし33行)と記載されていて、数値範囲である0.02mm~0.3mmの上限値0.3mmについての技術的意義は記載されているが、下限値である0.02mmについての技術的意義は記載されていないし、示唆するところもない。

また、ハブのへこみ量1(mm)とモジュレーションm(%)との関係を示す実験データが記載されている公告明細書の第1表には、へこみ量が、-0.05mm、0.0mm、及び0.05~0.30mmの範囲についてのモジュレーションm(%)は記載されているが、へこみ量が0.0m~0.05mmの範囲内については実験データが記載されていない。そして、上記第1表の実験データに基づくグラフである公告明細書の第6図では、へこみ量が0.0mmと0.05mmの場合のそれぞれに対応するモジュレーションの値が直線で結ばれている。すなわち、公告明細書の第1表及び第6図からは、へこみ量が0.05mm以上ではモジュレーションの値は小さくなり、0.05mm以下になるとモジュレーションの値が急激に増加することは理解できるが、へこみ量が0.0mmと0.05mmとの間に臨界的な値が存在することを読み取ることはできない。

ところで、本件補正においては、効果として「へこみ量1が+0.01mm以下になるとモジュレーションmは増大し、かつS-0面とS-1面とのバラツキも大きくなり、回転安定性が劣るが、+0.02mm以上ではモジュレーションmは小さくなり、かつ両者間のバラツキも小さくなり、回転安定性が良好である。」ということを追加するものであるが、公告明細書の第6図には、へこみ量が0.02mmに対応するモジュレーションの値は、へこみ量が0.01mmの場合と同様に不適切なものであることが示されており、同図から、へこみ量は0.01mmの場合が適切でなく、0.02mmの場合の場合が適切であるということを読み取ることはできない。

したがって、本件補正は、へこみ量が0.02mmのものについて公告明細書の記載からは予測し得ない新たな技術的意義を追加したものということができ、実質上実用新案登録請求の範囲を変更するものというべきである。

(3)  原告は、本願考案の対象の新規性は数値限定の点のみに存するのではなく、ハブの形態自体に存するのであるから、本件補正により追加したへこみ量の下限である0.02mmについての技術的意義の開示はそもそも要求されない旨主張するが、前記のとおり、本件補正においては、へこみ量が0.02mm以上の場合の臨界的効果を追加するものであるから、上記主張は採用できない。

また原告は、出願公告時の明細書には、へこみ量につき「0.02mm~0.3mmの範囲が適切である」と好適な数値範囲が記載されていたのであるから、公告時の明細書は、へこみ量の下限値0.02mmの技術的意義を十分に開示していた旨主張するが、上記(2)に説示したところに照らして採用できない。

(4)  以上のとおりであって、本件補正却下決定に原告主張の違法はなく、取消事由1は理由がない。

3  取消事由2について

(1)  本願考案の「ハードケース」、「ハブ」、「磁気ディスク」及び「ハブ中心穴」が、先願考案の「ケース」、「ハブ」、「記録媒体ディスク」及び「スピンドル挿入孔」にそれぞれ相当すること、本願考案の考案者が先願考案の考案者と同一でなく、本願の出願の時に、その出願人が前記他の出願の出願人と同一でないことについては、当事者間に争いがない。

(2)  甲第3号証(本願公告公報)によれば、従来のディスクカートリッジは、「ハブ回転支持体36と当接するハブ20の下側当接面、即ちハブの円状凹部22の底面は、ハブ周縁部より駆動ピン28を挿通するハブ中心穴32に向かって、わずかに下に凸になっている。このため、ハブ20はハブ回転支持体36の内側上面で支持された状態となり、そのため安定して支持されず、金属ハブ20を磁石40で吸引しても、回転中矢示X方向に示すようなハブ20の上下振動が生じ、磁気ヘッド(図示なし)と磁気ディスク16との接触が悪くなり、ディスクカートリッジの性能が問題となる。」(3欄21行ないし32行。別紙図面1第4図参照)との認識のもとに、本願考案は、「このような従来の問題点を解消するためになされたものであり、ハブを改善することによって、ハブの回転支持を安定させ、ハブの上下振動を少なくしてモジュレーションを改善したディスクカートリッジを提供することを目的」(3欄33行ないし37行)として、ハブの構造を前記本願考案の要旨に記載のとおりとしたものであって、「ドライブのハブ回転支持体36と当接するハブ50の当接面側を、ハブ周縁部より駆動ピン28を挿通するハブ中心穴56に向かって上に凸にへこませる構造のため、ハブ当接面周縁部58が、そのハブ回転支持体36の接触面より下がり、ハブ50の当接面がハブ回転支持体36に覆い被さる。そのため、ハブ50の当接面とハブ回転支持体36との接触位置が、より外方に移動し、ハブ50はハブ回転支持体36により安定的に支持される。また、ハブ50と磁石40とがより接近し、磁石40のハブ50に対する吸引力は増加する。」(4欄7行ないし18行)、「ハブが安定的に回転支持され、ハブの上下振動を少なくし、モジュレーションを改善することができ、磁気ヘッドと磁気ディスクとの接触が、特に内周側トラックでよくなり、ディスクカートリッジの性能を向上させることができる。」(6欄21行ないし26行)という作用効果を奏するものであることが認められる。

(3)  当事者間に争いのない審決摘示の先願明細書の記載事項と、甲第4号証によれば、先願明細書(甲第4号証)には、「本考案は、一般にマイクロフロッピーディスクと呼ばれている磁気ディスクカートリッジを使用して信号の記録又は再生を行うための磁気ディスク装置の回転機構に関する。」(2頁8行ないし11行)、「従来の回転台(16)は、支持台(12)の中央部の環状突起(12a)の頂面によってハブ(2b)の中央部分(駆動ピン挿入孔(11)よりも内側部分)を支持するように構成されているため、ハブ(2b)の平坦性が第7図及び第8図に示すように悪い場合には、ディスク(2)を安定的に支持することが出来なかった。第7図及び第8図に示すようなハブ(2b)の平坦性の悪化は、ハブ(2b)に孔(10)(11)が存在するために主として生じる。ハブ(2b)の吸着の安定性を向上させるために、ハブ(2b)の平坦性を良くすることが考えられるが、必然的にコストの上昇を招く。」(5頁3行ないし14行)、「従来の回転台(16)は次の如き欠点をも有する。即ち、ハブ(2b)の中心近傍を突起(12a)で支持するので、・・・ディスク(2)の安定的な回転駆動が阻害されるおそれがあった。」(5頁末行ないし8行)、「本考案の目的は、上述の如き問題を解決することが可能なディスク回転機構を提供することにある。・・・上記目的を達成するための本考案は、回転台の主面の内周側部分をハブに接触させず、回転台の主面の駆動ピンよりも外周側の部分のみをハブに接触させるように構成したことを特徴とする磁気ディスク装置の回転機構に係わるものである。」(6頁8行ないし9頁1行)、「本考案に係わる回転台は、その外周側部分のみでハブに接触する。このため、例えばハブの中央部分が一方の側に突出するように変形した平坦性の悪いハブを回転台で吸着しても、この突出した部分に回転台が接触しない。そして、ハブの外周側部分が回転台によって吸着される。この結果、平坦性が悪いハブであっても比較的安定的に吸着保持される。」(7頁3行ないし10行)、「第1図から明らかな如く、本実施例ではディスク支持台(12)の外周端の環状突起(12b)の頂面がハブ(2b)に接するように構成され、逆に中央の突起(12a)がハブ(2b)に接しないように構成されている。」(8頁4行ないし8行)、「第7図及び第8図のようにハブ(2b)が例え、湾曲していても、比較的安定した状態に支持することが出来る。」(8頁13行ないし末行)、「上述から明らかな如く、本考案ではハブの内周部に回転台を接触せず、ハブの外周部にのみ回転台を接触させるので、スピンドル挿入孔及び駆動ピン挿入孔を有するために平坦性の悪いハブであっても比較的安定的に保持することが出来る。また、ディスクに対して外力が作用した時の安定性も向上する。」(11頁2行ないし8行)と記載され、第7図(別紙図面2参照)には、ハブの中央部分が上側に突出するように変形した平坦性の悪いハブが示されていることが認められる。

上記認定の事実によれば、従来の回転台は支持台の中央部の環状突起の頂面によってハブの中央部分を支持するように構成されているため、先願明細書の第7図及び第8図に示すようにハブの平坦性が悪い場合にはディスクを安定的に支持することができないなどの欠点があるとの認識のもとに、先願考案は、上記欠点を解消すべく、回転台の外周側部分のみでハブに接触するように構成したものであって、平坦性の悪いハブであってもハブの外周側部分が回転台によって吸着される結果、比較的安定的に吸着保持されるなどの作用効果を奏するものであること、先願考案においては、上記第7図や第8図に示されるような平坦性の悪いハブは磁気ディスクを回転支持体上に安定して支持させるという点で望ましくないものであると認識されていること、ハブの平坦性の悪化は主としてスピンドル挿入孔及び駆動ピン挿入孔が存在するために生じるものであって、第7図に示されるようなハブの中央部分が上側に突出するように変形した平坦性の悪いハブは意図的に製造されるものではなく、また、ハブの中央部分が上側に突出するように変形していること自体は一定の目的を達成するための具体的手段を形成しているものではないことが認められる。

(4)  上記(2)に認定のとおり、本願考案はディスクカートリッジに関するものではあるが、特にハブの構造を対象とし、ハブの構造を前記本願考案の要旨のとおりとしたものであり、これによって前記作用効果を奏するものである。

他方、上記(3)に認定のとおり、先願考案においては、先願明細書の第7図に示されるハブの中央部分が上側に突出するように変形した平坦性の悪いハブは磁気ディスクを回転支持体上に安定して支持させるという点で望ましくないものと認識されており、ハブの平坦性の悪化は主としてスピンドル挿入孔及び駆動ピン挿入孔が存在するために生じるものであって、そのような平坦性の悪いハブは意図的に製造されるものではなく、また、ハブの中央部分が上側に突出するように変形していること自体は一定の目的を達成するための具体的手段を形成しているものではないことからすると、上記第7図に記載の「ハブの中央部分が上側に突出するように変形した」という形状自体に「考案」としての要素を認めることはできない。

そうすると、本願考案の「ハブ中心穴に向かって上に凸にへこませた」という形状と、先願明細書の第7図に記載の「ハブの中央部分が上側に突出するように変形した」という形状自体に特に相違するところはないが、それぞれのハブが本願考案のディスクカートリッジと先願明細書に記載のディスクカートリッジにおいて占める技術的意味合いが相違することは明らかであり、本願考案が特にハブの形状を規定したことに考案としての技術的特徴が存する点をも考慮すると、技術的意味合いを異にするハブをそれぞれ含む本願考案のディスクカートリッジと先願明細書に記載されたディスクカートリッジとは、技術的思想において同一のものと評価することはできない。

したがって、両者は実質的に同一であるとした審決の判断は誤りであるというべきである。

(5)  被告は、本願考案は「物」であるディスクカートリッジそのものの形状を対象としているから、本願考案と先願考案とを比較する際には、どのように製造されたとか、どのような意図で製造されたとかなどを考慮する必要がなく、ハブの形状のみを比較すれば十分である旨主張する。

確かに、本願考案は「物」であるディスクカートリッジに関するものであり、本願考案と先願考案とを比較する際に、どのように製造されたかなどといったことを考慮する必要はないが、本願考案は特にハブの形状を規定したことに考案としての技術的特徴が存するのであるから、本願考案と先願考案との技術的思想の同一性を考えるについて、ハブの形状のみを比較すれば十分であるとすることはできない。

また被告は、本願考案は安定性を良くするために上部に湾曲したハブを新たに考案したものではなく、先願明細書に開示された下部に湾曲したハブに比し、同明細書に開示された上部に湾曲したハブの方が安定性が良いとの事実を単に確認したにすぎない旨主張するが、上記(2)ないし(4)に認定、説示したところに照らして採用できない。

(6)  以上のとおりであるから、取消事由2は理由がある。

4  よって、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙図面1

〈省略〉

別紙図面2

〈省略〉

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